●●竜心寺の今週の法話●●

ホーム  »  浄土真宗 竜心寺から皆様へご挨拶  »  ●●竜心寺の今週の法話●●

竜心寺の今週の法話にようこそ



竜心寺の今週の法話にようこそ

竜心寺はFacebookやアメーバブログなどで法話を毎日投稿しておりましたが、これからはホームページで法話をさせて頂きます。

ご依頼を頂いたお葬式や法要で法話をさせて頂いて居りますが、時間が限られておりますので沢山のお話をすることが出来ません。また、法話は何度も何度も繰り返し聴聞することで体得出来るものです。

このような理由で、これからは沢山の法話をホームページにアップさせて頂きますので宜しくお願い致します。

毎週の法話を楽しみに、竜心寺のホームページをお気に入りに追加して頂き、毎週拝見して頂けますと幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。合掌

今週の法話

三種類の鏡とは
仏教では三種類の鏡があると言われております。

一つ目は「自分鏡」(じぶんかがみ)
二つ目は「他人鏡」(たにんかがみ)
三つ目は「法 鏡」(ほうきょう)

自分鏡は、自分で自分を見ますので、自分の都合の良いように捉えてしまいます。

他人鏡(他人から見られている私の姿)は、他人が私を見て良し悪しを判断しますが、これも自分の置かれている立場によって、同じ物でも良いように見えたり悪いように見えたりします。

例えば、車で走っている時に、横から猛スピードで追い抜く危険な車の後ろに覆面パトカーが追いかけていくと、覆面パトカーは正義の味方に見えますが、自分の後ろで覆面パトカーがサイレンを鳴らし追いかけてきたら「くそ~、なぜ俺だけが?」と色んな気持ちになり、覆面パトカーが悪者になったりします。

不思議ですね。自分鏡と他人鏡は、どちらも自分の都合やその時の状況などにより見え方が変わりますので、本当の自分自身の姿を映し出す事は出来ません。

法鏡(ほうきょう)は仏教です。仏法を聞く事で真実の自己を見る事が出来ます。布施のお話、六度万行のお話、三毒の煩悩のお話を聞いた時でも、自分自身が恥ずかしくなってきます。
なぜならば、仏法は真実の自己が見えますので(^O^)

お釈迦様が「仏教は法鏡なり」と仰せられたことが遺教経(ゆいきょうぎょう)というお経に説かれております。

※遺教経(ゆいきょうぎょう)とはお釈迦様がお亡くなりになられる前にお弟子さん達を集めて最後の説法をされた情景を描く経典です。

今日は自己中心的な考え方を少し和らげて、善の心で見つめ直すように心掛けましょうね。本日は皆さんにとって、素晴らしい一日になりますように。合掌

先週の法話

愚痴(ぐち)とは
三毒の煩悩の一つである「愚痴(ぐち)」のお話をさせて頂きます。

節分の黒鬼で例えましたが、「愚痴(ぐち)」とは、ねたみ・そねみ・うらみです。仏教では黒色で表現されます。

普段私たちが使っている「愚痴(ぐち)」は、不満などをブツブツ言う事を言いますが仏教では、ねたみ・そねみ・うらみの事です。

私たちは、自分の調子が良い時は他人のことも褒めたり出来ますが、反対に自分の調子が悪い時はこの「愚痴(ぐち)」の心が出てきます。とても恐ろしい心です。

自分の調子が悪い時こそ、他人の成功を褒めてあげる事が出来れば自分自身の成長にも繋がります。

善因善果(ぜんいんぜんか) →→→善い行いは善い結果を頂くことが出来ます・

今日は、他人が良い結果を出した時には、自分の調子に関係なく、全力で一緒に喜んであげましょう。本日は皆さんにとって、精進が苦にならない一日でありますように。合掌

いつでもお気軽にお電話をして下さい。
竜心寺のホームページをご覧頂き、誠に有難う御座います。合掌


ページの先頭へ