今までの法話集

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第一話

「なぜ死が不安になるのか?」というお話をさせて頂きます。

仏教というのは、仏の教え=お釈迦様の教えです。生きている人間が絶対の幸福に成る為に色んなご説法をされて居ります。亡くなられた人の為ではありません。そのご説法をお釈迦様のお弟子さん達が書き留められたものを「お経」と申します。そのお経の数は七千余巻あります。その七千余巻すべてのお経を「一切経」と申します。


そこにある「本願成就文」に説かれてる内容は「極楽浄土の阿弥陀如来の本願力によって絶対の幸福にさせて頂ける」という内容です。詳しく言うのは奥が深すぎますので一度や二度聞いただけでは理解できません。一言で言うと「他力本願」です。他力とは阿弥陀如来のお力です。


阿弥陀如来(極楽浄土の仏様)を疑うことなく信じ全てをお任せすれば必ず極楽浄土に往生させて頂く事が出来る。ということです。


たとえ話
飛行機に乗って太平洋の大海原のど真ん中に差し掛かった時にアナウンスで「燃料が無くなってきました。着陸する空港も見当たりません。残りの燃料が切れるまで、皆さまには機内食を全て提供させて頂きますので、どうぞお召し上がりください。」と言われるとどうでしょうか?この先は墜落という真っ暗闇が待って居ります。食事は手にも付かない状態です。このように先が暗ければ、今現在も楽しくありません。死も同じです。

先が明るければ今現在も楽しく幸せです。


休日前は先が明るく(休日という明かり)楽しい気持ちで、休日最終日の夜は先が暗く(明日から仕事という暗闇)暗い気持になります。


この事を意識すれば、楽しい日も多くなりますよ。先に暗闇を作らないように心掛けて、自分の気持ちをコントロール出来ますね。

私たちは亡くなれば、阿弥陀如来のお力によって必ず極楽浄土に往生させて頂けます。その事がハッキリすれば先は明るくなり、今から残りの人生が明るくなります。


是非、仏教を聞き開いてください。やさしい仏教書を読んだりお寺の法話会などに参加して下さい。聞けば聞くほどよく理解出来て心も明るくなりますよ。「仏法は聴聞に極まる」と言われているくらい何度も聞く事が大事です。合掌

第二話

因果の道理
「過去の自分の行いは今の自分を見れば分かる。未来の自分を知りたければ、今の自分を見よ。」
この言葉は仏教の根幹である【因果の道理】から分かります。自分の行いは良い事も悪い事も全て自分の結果となります。
一日一善、良い事を沢山して、未来の自分に沢山の幸せを与えましょうね!


仏教で光とは
仏教では「光」は仏様のお力を意味します。
親の力の事を「親の七光り」と言いますが、語源は仏教の光ではないのでしょうか。


自利利他
自分の心の明かりを周りの人にも照らしてあげましょう。周りの人が幸せなら、自分も幸せになれます。
自分が幸せなら、周りの人も幸せにさせてあげたい。
これが「自利利他(じりりた)」なんですよ。
自分が幸せになりたいのなら、周りの人を幸せにさせなければいけない。
本日も皆さまが幸せの種まきの出来る一日でありますように。合掌

第三話

布施とは何か
仏教用語で「布施」は親切という意味です。
お坊さんに渡すお布施も布施ですが、布施には種類があります。
★財施 ・法施 ・無財の七施★

すごく簡単に言うと、人に親切に接する事が「布施」です。

笑顔で接する事・励ましや優しい言葉をかけること・身体を使ってボランティアをする事など色々あります。

今日から一日一回、心からの布施(親切)をされてみては如何でしょうか。(お釈迦様のオススメですよ)

持戒とは何か

仏教用語で「持戒(ジカイ)」は言行一致という意味です。言行一致は、口で言った事が行動と一致する、つまり約束を守ると言う事ですね。

自分の周りの方との守れていない約束は御座いませんか?

今日は少し休憩時間に考えて、近日中に言行一致となるように努めましょう。

本日は皆さんにとって、約束を守って誰かに喜んで頂ける素晴らしい日となりますように!合掌

第四話

忍辱とは
仏教用語で「忍辱(ニンニク)」は、忍耐(耐え忍ぶ)という意味です。
「怒りは無謀に始まり、後悔に終わる」(お釈迦様)

怒りは三毒の煩悩の一つで非常に恐ろしいものです。心の奥深い所にいつでもあり、何かの縁で急に表に出る恐ろしいもの。

怒りは必ず時間が経てば、後悔しか残りません。

「耐え忍ぶ事が美しく幸せになれる」ではないのでしょうか?

本日は怒る事があっても、耐え忍ぶ事が出来る自分で在りたいですね。

精進とは
仏教用語で「精進(しょうじん)」は努力という意味です。
今の時代にも精進料理(肉を食べない料理)などありますが、仏教用語の精進ではありません。
精進は努力です。「努力は裏切らない」という名言もあります。「努力無くして、成功は無し」。お釈迦様もお勧めの努力を常日頃から惜しまずどんどん努力して、共に成長させて頂きましょう。

第五話

禅定とは
仏教用語で「禅定(ぜんじょう)」は反省と言う意味です。
反省と聞くと、悪いことをしてしまったら反省すると思いますが、これは当然のことです。
一番大切な反省は、「自分に悪い出来事がやって来た時」に過去の自分の行いを反省する事です。

善因善果(善い行いは善い結果で返ってくる)
悪因悪果(悪い行いは悪い結果で返ってくる)
自因自果(自分の行いは全て自分に返ってくる)
byお釈迦様

悪い出来事が自分に起こった時は悪者探しをしてしまいがちですが、その時にその悪い出来事が起こった事を反省して、(過去の自分の悪い行いが返ってきたと反省)このような悪い事が起きないように善い行いをするように心掛けましょう。

智慧とは
仏教用語で「智慧(ちえ)」とは修養という意味です。(六度万行の智慧です。)
修養とは、知識を高め、品性を磨き、人格を高めようと努力する事です。
先週・先々週までの投稿を見て頂いてる方には分かるかと思いますが、布施・自戒・忍辱・精進・禅定を行えば、修養も自然に出来ると思います。
本日は、少しでも修養が出来る一日になれば良いですね。

第六話

六度万行(六波羅蜜)とは
布施(ふせ)
持戒(じかい)
忍辱(にんにく)
精進(しょうじん)
禅定(ぜんじょう)
智慧(ちえ)

※先週までの法話で上記をお話しました。

これを「六度万行(ろくどまんぎょう)」※六波羅蜜(ろくはらみつ)といいます。 お釈迦様は諸善万行を説かれて居りますが、私達が善行を行いやすいようにその中から6種類の善行を選んでお勧めしてくれました。

それが六度万行(六波羅蜜)です。

どれか一つ実行すると、6種類の善行を全て行ったことになります。

今週から毎日の生活に、六度万行を取り入れて【一日一善】、善因善果(ぜんいんぜんか)自因自果(じいんじか)の人生を歩んで行きましょう。

第七話

無財の七施(眼施)とは
仏教では「無財の七施」というお言葉があります。
「無財の七施」とは、お金や物が無くても出来るお布施でございます。

無財の七施

眼施(げんせ)
和顔悦色施(わげんえっしょくせ)
言辞施(ごんじせ)
身施(しんせ)
心施(しんせ)
床座施(しょうざせ)
房舎施(ぼうしゃせ)

今日は「眼施(げんせ)」のお話です。
眼施(げんせ)とは、あたたかい眼差しで他人に接する事です。そうすれば、相手の方も良い気分になれますし励みにもなります。
その逆に、こちらが厳しい眼差しをしていれば、相手の方も不愉快になる事でしょう。「目は口ほどに物を言う」ですね。

本日は、自分の気分が優れなくても、誰かと接する時は眼施(げんせ)を心掛けましょう。
本日は皆さんにとって、他人から好意を持たれる日になりますように。合掌

第八話

和顔悦色施(わげんえっしょくせ)とは
無財の七施の一つである「和顔悦色施(わげんえっしょくせ)」のお話です。

和顔悦色施(わげんえっしょくせ)は、優しい微笑みの笑顔で人に接することです。
優しい微笑みは周囲の雰囲気も和みます。また自分自身も明るい気持ちになれるでしょう。

「笑う門には福来る」とよく言いますが、和顔悦色施(わげんえっしょくせ)は周囲の人も自分自身も幸せになれます。

忙しくても少し深呼吸をして、優しい微笑みで周囲の雰囲気を和ませましょう。本日は皆さんにとって、微笑みが絶えない一日になりますように。

言辞施(ごんじせ)とは
無財の七施の一つである「言辞施(ごんじせ)」のお話です。

「言辞施(ごんじせ)」とは、優しい言葉をかける事です。
お年寄りに「お身体に気をつけてくださいね」、店員さんに「ありがとう。頑張ってね」というように、優しい言葉を一言かける事によって相手の方も幸せな気分になれますし、自分自身も幸せを感じる事が出来ます。

簡単なようで、なかなか出来ない事ですね。

今日は人に優しい言葉を何回かけてあげる事が出来ますでしょうか(^O^)是非実践して下さい。本日は皆さんにとって、穏やかな気分になれる一日になりますように。合掌

第九話

身施(しんせ)とは
無財の七施の一つである「身施(しんせ)」のお話です。

「身施(しんせ)」とは、世のため他人の為に体を使って奉仕をする、いわゆるボランティアです。ボランティアといっても色々ありますが、日常生活で出来るボランティアは沢山あると思います。

ゴミを拾ったり、自転車が倒れていれば起こしてあげたり、自治会の活動のお手伝いをしたりと色々ありますよね(^O^)

でも、いざとなると見て見ぬ振りをしてしまう自分が情けなく感じます(T ^ T)

ゴミを一つだけでも拾って身施(しんせ)をさせて頂きましょうね。

本日は皆さんにとって、人として少しでも成長出来る日になりますように。合掌


心施(しんせ)とは

無財の七施の一つである「心施(しんせ)」のお話です。

「心施(しんせ)」とは、心から感謝の言葉を言うことです。「身施(しんせ)」は体を使って行う布施でしたが、「心施(しんせ)」は心です。


心から感謝の気持ちを言うことは、あまり出来ていないかと思います。口先だけの言葉では、残念ながら全く相手にも伝わりません。

心から感謝の気持ちを込めて「ありがとう」と言いますと、相手にも気持ちが伝わり、お互いに幸せな心になれますね(^O^)

「おはよう」「ありがとう」と心から感謝の気持ちを込めて挨拶させて頂きましょう。本日は皆さんにとって、心から明るくなれる一日でありますように。合掌

第十話

床座施(しょうざせ)とは
無財の七施の一つである「床座施(しょうざせ)」のお話です。

「床座施(しょうざせ)」とは、簡単に言えば人に譲る事を言います。

席を譲ったり、場所を譲ったり、車の割り込みを譲ったり、意見が衝突した時に相手の意見を優先してあげたり…他も沢山あるかと思います。

でもいざ譲るとなれば、なかなか出来ないことですよね。席を譲りたくても自分の身体がかなり疲れている時、長い時間並んで得た場所を譲る、渋滞の時に割り込みされる、意見が衝突した時に自分の意見を抑え込むなど…

一言で譲るといっても、凄く難しい事ですから、これが出来ると素晴らしいですね。今日は、自分が穏やかな気持ちで人に何かを譲ってあげれるように心がけましょう。

本日は、皆さんにとって人から沢山の感謝をされる一日となりますように。合掌

房舎施(ぼうしゃせ)とは
無財の七施の一つである「房舎施(ぼうしゃせ)」のお話です。

「房舎施(ぼうしゃせ)」とは、一宿一飯のおもてなしです。遠方から訪ねて来られた方の、食事や宿泊の面倒を見る事を言いますが、なかなか出来る機会も少ないお布施ですね。

お金や物が無くても出来るお布施「無財の七施」を紹介させて頂きました。お布施は、心にゆとりが無ければ出来ませんので、いつも自分の心にゆとりが持てる生活を心がけ、布施の気持ちを忘れずに過ごしたいですね。

心に十分ゆとりを持ち、一日にどれだけの無財の七施が出来るかどうかチャレンジして下さいね。本日は皆さんにとって、ゆとりの一日となりますように。合掌

 

第十一話

そろそろ節分の時期ですね。
もうすぐ節分の日ですね。
豆まきをされるのでしょうか?

『鬼は外  福は内。』 楽しそうですね。
でも自分自身にも「心の豆まき」を忘れないで下さいね。自分の心の鬼に「鬼は外」、自分の心に「福は内」ですね。

「心の豆まき」は鬼は外と思って、善い行いをして下さいね。福は内と思って、仏法を聴聞して下さい。心には、青鬼・赤鬼・黒鬼が住んでいますので(^_^)三毒の煩悩(次のお話)で説明させて頂きます。

本日も幸せな一日をお過ごしくださいませ。合掌

三毒の煩悩
節分に鬼は退治出来ても、心に住み着く青鬼・赤鬼・黒鬼は残念ながら退治する事は出来ません(泣)

なぜならば、青鬼は貪欲(とんよく)・赤鬼は瞋恚(しんに)・黒鬼は愚痴(ぐち)だからです。貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)は「三毒の煩悩」と言います。

煩悩は108つありますが、特に私たちを苦しめているのがこの三毒の煩悩です。煩悩は難行苦行をしても一つも無くならないどころか減る事もないと、先人の高僧達が仰っておられます。煩悩のパワーは凄いので、そのパワーを良い方向に切り替えて上げれば良いと思います。

今日も自分の煩悩と上手に付き合って、成長が出来る環境づくりをしたいですね。本日は皆さんにとって、パワフルな一日となりますように。合掌

 

第十二話

貪欲(とんよく)とは
仏教で貪欲は「とんよく」と読みます。意味は普段私たちが使っている言葉の「どんよく」と同じです。

節分の青鬼で例えましたが、三毒の煩悩の一つである貪欲は青色で表現されます。有ればあるだけ欲しい、キリがないくらい欲しいという欲ですね。

私たち人間は煩悩の塊で「煩悩具足の凡夫」です。だから煩悩を無くすことも減らすことも出来ませんが、煩悩と上手に付き合っていくことが大切ですね。

これからは、少欲知足(しょうよくちそく)、少しの欲で足りる事を知る生活を心掛けたいですね。

本日は皆さんにとって、清々しい一日となりますように(^O^)合掌


瞋恚(しんに)とは
私たちは自分の置かれた立場が変われば、捉え方も変わります。言い方を変えれば、全て自分の都合で物の良し悪しを決めてしまうのです。

仏教で「瞋恚(しんに)」は、怒りという意味で赤色で表します。

節分の赤鬼で例えましたが、三毒の煩悩の一つです。ずっと心の奥深くに潜み、何かのキッカケで急に表に出てくる恐ろしい煩悩です。

でも私たちは、先ほどもお話させて頂きました「自分の都合」で物の良し悪しを決めてしまいますから、その怒りが出てきた時には、その怒りのパワーを違う事に向けると良い結果にも繋がりますよね。

「怒りは無謀に始まり、後悔に終わるものだ」という言葉があります通り、怒りのあとは必ず虚しさしか残りません。

これからは、怒りが出る前に「後悔に終わるのだよ」と自分自身に教えてあげて、そのパワーを善い行いに使えるように努力してみましょうね。

本日は皆さんにとって、心が快晴な一日となりますように。合掌

いつでもお気軽にお電話をして下さい。
竜心寺のホームページをご覧頂き、誠に有難う御座います。合掌


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